「Video RAG」とは何か?:企業ナレッジを革新する次世代AI技術を解説
目次
はじめに
「過去のオンライン会議における特定の人物の発言内容を正確に把握したい」
「膨大な研修動画の中から、特定の手順を解説している箇所だけを迅速に確認したい」
多くの企業では、会議の録画、研修セッション、製品デモンストレーションといった、価値ある情報が詰まった動画資産が日々蓄積されています。しかし、従来はその中身を効率的に検索・活用する手段が乏しく、これらの動画資産は十分に活用されていない「ダークデータ」と化していました。
この深刻な課題を解決する新技術が、現在注目を集めている「Video RAG(Retrieval-Augmented Generation)」です。本稿では、AIの次なるフロンティアとして期待されるVideo RAGの基本原理から、その技術的アーキテクチャ、具体的な活用事例、そして未来の可能性までを包括的に解説します。
RAG(検索拡張生成)の基本原則:AIの弱点を克服するアーキテクチャ
Video RAGを理解するためには、まずその基盤技術である「RAG(Retrieval-Augmented Generation / 検索拡張生成)」を理解する必要があります。
RAGは、大規模言語モデル(LLM)が固有に抱える「ハルシネーション(事実に基づかない情報を生成する現象)」や、学習データに起因する「知識の陳腐化」といった根本的な課題を克服するために確立されたアーキテクチャです¹。
RAGの仕組みは、一言でいうと「カンペを手元に用意して話す、優秀なプレゼンター」に例えることができます。
プレゼンター(LLM)は非常に賢く、幅広い知識を持っています。しかし、ごく専門的な内容や、昨日更新されたばかりの最新情報までは覚えていません。そこで、プレゼン本番で最高のパフォーマンスを発揮するために、以下のような準備をします²。
- 検索 (Retrieval): ユーザーからの問い合せに対し、システムはまず社内文書データベースや最新のWebサイトなど、信頼性の高い外部ナレッジベースから関連情報を検索します。
- 生成 (Generation): 次に、検索によって得られた情報を参考資料としてLLMに提示し、その情報に基づいて回答を生成させます。
このアプローチにより、AIは内部知識のみに依存するのではなく、正確かつ最新の情報に基づいた回答を生成することが可能になります。モデル自体を再学習させるファインチューニングと比較して、コスト効率と即時性に優れるため、多くの企業でその導入が進んでいます³。
マルチモーダルへの拡張:Video RAGの必然性
テキストベースのRAGは極めて強力ですが、その適用範囲はテキストデータに限定されるという本質的な限界があります。
また、現代の企業活動において生成・蓄積されるデータの多くに、動画というリッチな非構造データが含まれます⁴。
製品の修理マニュアル動画を例に取ると、工具の正確な動かし方や部品の形状といった重要な視覚情報は、テキストによる説明だけでは伝達が困難です。このようなテキストだけでは失われてしまう重要な文脈を捉え、動画を真のナレッジソースとして活用するために開発されたのがVideo RAGです⁵。
Video RAGは、RAGのアーキテクチャを動画コーパスへと拡張したものです。AIが動画の持つ映像、音声、テキスト(字幕など)という複数の情報ストリームを統合的に理解し、ユーザーの問いに対して的確な回答を生成することを可能にするフレームワークと定義されます¹。
Video RAGの技術的アーキテクチャ:AIによる動画理解のプロセス
次に、Video RAGが、どのようにして動画の内容を「理解」するのか。その技術的なワークフローを解説します。
ステップ1:動画の分解(チャンク化)と特徴抽出
まず、システムは入力された動画を処理しやすいよう、数秒単位の短いクリップに分割(チャンク化)します⁶。そして、分割された各クリップから、並行して複数の情報を抽出します。
- 視覚情報: 動画から代表的な静止画(キーフレーム)を抽出し、「何が映っているか」という視覚的文脈を捉えます⁷。
- 音声・テキスト情報: クリップから音声を分離し、自動音声認識(ASR)技術を用いて「何が話されているか」をテキストデータに変換します¹。
ステップ2:エンベディングとインデックス化
次に、抽出された静止画やテキストといった特徴を、AIが意味を理解できる数値データ(ベクトル)に変換(エンベディング)します。このベクトルは各クリップの内容を意味的に表現しており、高速検索が可能な「ベクトルデータベース」に格納され、インデックス化されます⁸。
ステップ3:関連情報の検索と回答生成
ユーザーからの質問(例:「フィルターの交換方法」)も同様にベクトル化され、データベース内から意味的に最も関連性の高い動画クリップが検索されます。
最終的に、大規模ビデオ言語モデル(LVLM)という、動画とテキストを同時に理解できる先進的なAIが起動します⁵。このAIは、検索された動画クリップの静止画、テキスト化された音声、そして元の質問をすべて入力として受け取り、それらを統合的に解釈することで、自然言語による的確な回答を生成するのです⁶。
Video RAGの実用化と主要なエンタープライズユースケース
Video RAGは、すでに学術研究の段階を越え、具体的なビジネス価値を生み出す実用化フェーズに移行しています。
- 企業内インテリジェンスと研修
- 膨大な量の社内会議録画や研修セッションのアーカイブが、即座に検索可能なナレッジベースへと変わります。例えば、「先月のプロジェクト進捗会議において、A氏が予算についてどのように発言したか」といった具体的な問いに、AIが該当部分の動画を提示して回答することが可能になります⁶。日本のクラストリーム社は、すでに企業の研修動画に特化したAI検索サービスを提供しています⁹。
- 顧客サポートとフィールドサービスサポート
- 担当者や顧客自身が、動画マニュアルやトラブルシューティングガイドの中から特定の手順を迅速に発見できます。「この機械のフィルター交換方法を提示せよ」という指示に対し、テキストの説明ではなく、実際の手順を示す動画クリップを直接提供することで、問題解決時間を短縮し顧客満足度を向上させます¹⁰。
- メディアとエンターテイメント
- YouTubeが導入したAI検索機能は、Video RAGのコンセプトを大規模に商用展開した代表例です¹¹。動画の内容について質問すると、AIが関連する場面を抽出して再生箇所を提示する機能は、視聴者体験を大きく向上させています。
- ヘルスケア・ライフサイエンス
- 医療処置の記録映像や臨床試験の記録、患者へのインタビュー映像といった専門性の高い動画アーカイブから、特定のセグメントを検索・分析する用途で活用が見込まれます。例えば「XXという手術手技における特定のステップを全症例から抽出して比較する」といった、高度な医学研究や研修目的での専門的な知識発見を支援します¹²。
将来展望:Video RAGが拓く次世代の企業インテリジェンス
Video RAGの技術的進化は、まだ緒に就いたばかりです。将来的には、企業の情報活用をさらに高度化させることが予測されます。
- リアルタイム分析: ライブ配信中の映像(例:工場の監視カメラ)に対してもリアルタイムでRAGを適用し、異常検知や即時的な状況分析が可能になります¹²。
- 高度な文脈理解: 何が起きたかを認識するだけでなく、「なぜそれが起きたのか」という因果関係までAIが理解し、より高度で分析的な問いに答えられるようになります¹³。
- AIエージェントとの融合: 自律的にタスクを遂行するAIエージェントが、修理マニュアル動画を「見て」作業方法を学習するなど、物理世界と連携するための「目と耳」として機能する未来が想定されます¹³。
Video RAGは、これまで活用が困難であった動画という巨大な知識の源泉に、初めて知的なアクセス手段を提供する基盤技術です。
その導入にはコストや倫理的な課題も伴いますが、この技術を戦略的に活用する企業が、次世代の競争優位性を獲得することは疑いの余地がありません。
Citation
- VideoRAG: Retrieval-Augmented Generation over Video Corpus – Zenn, https://zenn.dev/agaokoiviua/articles/5390080e01c0c8
- RAG(検索拡張生成)とは。カギは「検索」するAI – 意味や仕組み、LLM・生成AIとの関連も解説, https://www.fronteo.com/ai-learning/about-rag
- 【6分で分かる】大規模言語モデルを使ったRAGについて解説! – YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=NoM2JdOnYsA
- マルチモーダルRAGとは?仕組みと活用事例を徹底解説 | EdgeHUB – 株式会社ハイレゾ, https://highreso.jp/edgehub/machinelearning/multimodal-rag.html
- VideoRAG: Retrieval-Augmented Generation over Video Corpus – arXiv, https://arxiv.org/html/2501.05874v1
- 動画をRAGで検索する時代が来る?「VideoRAG」の可能性 – note, https://note.com/mask_ai/n/ne3bd2b6a5770
- 論文読解『VideoRAG: Retrieval-Augmented Generation over Video …, https://qiita.com/sekine345/items/8da53ab47fc3a8dbc3ee
- 【完全攻略】今さら聞けないRAG(検索拡張生成)とは? | HP Tech&Device TV, https://jp.ext.hp.com/techdevice/ai/ai_explained_04/
- 動画 AI 検索『クラストリーム AI リサーチ』正式版を 7/8 リリース …, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000062.000091800.html
- 10 RAG examples and use cases from real companies – Evidently AI, https://www.evidentlyai.com/blog/rag-examples
- YouTubeに「AI検索」機能が登場 動画内の知りたい場面へ直接ジャンプ可能に – Plus Web3, https://plus-web3.com/media/latestnews_1000_3850/
- マルチモーダルRAGとは?その特徴や活用事例を詳しく解説! – WEEL, https://weel.co.jp/media/multimodal-rag/
- Retrieval Augmented Generation and Understanding in Vision: A Survey and New Outlook, https://arxiv.org/html/2503.18016v1